例えば自分が妊婦のときは周りに妊婦さんが意外と多いことに気づいたり、
最近少なくなってきた公衆電話も普段は分からなくても、意識すると意外にあるなと気づいたり。
見ようとすると見えるものというものは多くて、いかに自分が無意識に物事を見ているかと思うことも多いです。
人は物事を見たいように見ている。
今回はそんな内容です。

いつもマイナス感情にひっぱられていた過去
私は元々何か出来事が起こる度にマイナスの感情が出て、引っ張られて苦しむことが多かったです。
1人で遊んでいる我が子を見て
「友だちができないんだ」
「また1人で遊んでる。可哀想」
「他のお母さん達どんな風に思っているんだろう」
「うちの子は他の子と何か違うのかな?」
本当にこれ多かった。特に幼稚園時代は悩み、参観日等が苦痛で仕方ありませんでした。それが心にずっとひっかかり、「今日は大丈夫かな・・」と不安でいっぱいになりながら学校に行っていました。
その反動なのか、たまにお友達と遊んでいたり、仲良しの子ができるとそれはもう嬉しくて安心したものです。
子どもが居心地がよいかどうかはどうでもよくて、親の私が満足するように動いてくれることが安心に繋がり、喜びに繋がりました。なんとも言えない。
そんな私の黒歴史はこちら↓

多くの親御さんも色々と悩むと思うのですよ。ほんとに。
特に我が子のこと。何か起こるたびに前向きに捉えて明るく生きていける親がほとんどならば、世の中あんなに育児本出ていないと思う。
私はいつも「無い」ばかり見ていた
でも今なら過去の自分がいかに我が子の「無い」に注目し続けていたか分かります。
例えば私なら
男の子なんだから、たくさんのお友達と活発に楽しそうに遊んでほしい
笑顔で色々なことを上手く器用にこなしてほしい(そんな幼稚園児のほうが少ないと思うのですが)
と、結構色々な条件を私のなかで作り上げ、とにかく
「やたら秀でてなくてもいいんだけど、何の問題も起こさずに、悪いほうで目立たず上手いことやってほしい」的な望みを持っていました。結構高望み。
そのうえで周りと比較しまくり、うちの長男は本当にのんびりなマイペースだったので、周りよりも出来ないことに落ち込み、母親向けの育児書を読み漁り、不安になりまくり、泣いたり怒ったりしていました。
今思えば「これはまだ出来ていないけど、そのうち出来るようになるか」
とか「多くのお友達と遊ぶのは苦手だけど仲良しの子はいるんだな」
「1人でいるのも好きなんだな。それはそれで良いことだな」と思ってやれればもう少し親子で笑顔でいられたと思うのですがね。
日々日々アレができない、コレが出来ないと足りてない部分ばかり探していたように思います。
そりゃ未来が見えて、今不安視していることが将来確実に出来るようになっていることがハッキリ分かっているのであれば不安は消えますよ。でも分からないんだもの。不安になりますよ。

この言葉が私の足枷だった 呪いの言葉
私を苦しめた母の言葉
私の母は小学校の教師でした。私の子どもが小さい頃よく言われたのが、
「先生から注意されたことは何倍にも何十倍にもして受け取らなければいけない。なぜなら先生も絶対に控えめに遠慮して、気を遣って言っているはずだから」
という言葉です。
これがずっと頭に残り、先生から何か言われるたびに「ああ、本当はもっとひどいんだ。もっともっと問題になっているんだ。きっと職員室ではうちの子の悪い噂が凄いんだ」と勝手に思っていました。
今思えば「私の母は親に問題を伝えるときに、かなり控えめに言うタイプだった」
これだけのことです。全ての先生が必ずそうというわけではない。
母は「こう思うのが普通」「こうするのが当たり前」「そんなこと皆分かるやろ!」というような言葉が多い人です。得に親も悪気があって言っていることではないでしょうが、親の言葉の影響ってすごくて、私はこれらの言葉に何度も苦しめられていたことがあるように思います。
当たり前に、普通に分からなければいけないことが分からない私はダメな人間だと思っていました。
今現在別に親子仲が悪いとか、そんなことは無いですが、距離を置いていた時期もありました。
もうひとつの呪いの言葉
自分が育てられたようにしか育てられない
どこかで聞いたことがある方も多いかもしれません。
私もどこで聞いたのかは分かりませんが、結構この言葉はインパクトが強く、子どもや夫にイライラして怒ったり泣いたりしては「やっぱり私は母親と同じだ。変わることはできないんだ」と思うことが多くありました。
でもそんなことは無いのです。
親も子育てのエキスパートなわけではなく、2人しか育てていないのです。てか今の日本は昔ほど子どもを多く育てている人も少ないわけで。そんなに全員が上手く育てられるなんてことは無いでしょう。
「このままでは本当にマズイ!」と気づけた人は変われるし、育て方も変えられます。
今の私はこの言葉を信じてはいません。

子育てでの苦しみを減らしていくための考え方
物事を大げさにとらえずに、事実だけを見る
以前、友だちから
「まつはは は少しのことを大げさにしてる。起きた事実が100だとすると、130くらいに捉えてる。私は70くらいにする自信がある」と言われたことがあります。
そうなんです。私は事実だけを見るのではなく、あらゆる妄想力が働かせて、悪い方向に大げさな事実を作り上げ、よく落ち込んでいました。
例えば「今日お友達と喧嘩した」と聞くと「ああ~!もう明日も明後日も気まずい感じだ!それが続いたらずっとお友達ができなくてうちの子は永遠に1人・・」みたいな。
子ども時期なんて色々な人間関係のトラブルがあって当たり前なのに、もうそれはそれは大騒ぎしていました。
わが子に起こっている出来事を我が子よりも大ごとを捉えてしまい、過剰に不安になったり気になったりすること、ありませんか?まさにその状態だったのですよ。
その証拠に友人と喧嘩をしたと言って帰ってきた我が子は、その夜漫才の録画を見てゲラゲラ笑っていましたから。。「私がこんなにも心配しているのに何なんだ!」と思っていましたが、2日後には仲直りをしたと言って帰ってきました。
起こった事実だけを見る。わざわざ自ら悪い方向に想像しないことは気持ちを落ち着けるのにとても良い方法です。
人や環境のせいにしない
起こった事実を夫や子どもや周りの人のせいにしていることはありませんか?
人のせいにして文句を言っているよりも、「じゃあ自分には今何ができるのかな」と自分にできることを探すほうが、よほど生産的な時間を過ごせます。
自分にできることがあればそれを実行する。どうしようもできないことは考えても仕方がない。
それだけです。
ちなみにこちらの本、色々悩んだり考えたりしてしまう方におすすめの本です
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奴隷だった古代哲学者エピクテトスの考えを 漫画→エピクテトスの言葉→解説 という流れにまとめてあるので、哲学の本と言ってもそんなに難しいこともなく、大変読みやすい本です。
このなかで好きな言葉が「他人事のように、自分事を捉えよ」という言葉。感情の振れ幅を小さくする方法として有効です。詳しく書いてあるので是非読んでみてください。
比較をしない
他人との比較は地獄の入り口です。
今ある大切なものを見逃すと本当にもったいない・・・
それは子どもに関しても、自分自身に対しても言えることだと思います。
欠けている部分だけを見続けると、良いところが全く目に入らなくなります。
自分は自分の得意な分野で輝けば大丈夫。
比較に関する内容は以前にも書いていますので、こちらも参考にしてみてください。


おわりに
未だにマイナス思考や妄想グセが残っている私ですが、以前よりは相当心が軽くなりました。
今現在も近づいてきた入試に対して不安になったり、スマホを見続けている我が子を見て嫌な気持ちになることもありますし、学校での嫌なことがあった話を聞いて胸がザワザワすることもあります。
その度に「これは私の問題かな?子どもの問題かな?」「私にできることが何かあるのかな?」と問いかけるようになりました。
それだけで少し冷静になれるのです。
子どもが小さい頃からこれが出来ていればよかったなぁと思うことも多いです。
私の体験と似た経験をされている方に届くと良いなあといつも思いながら投稿しています。
毎回結構時間がかかるので、ペースもゆっくりですがどうぞよろしくお願いします。
コメント
まつははさんのつぶやき、好きだな~( *´艸`)
経験したことを素直に書いてあるから、とても共感できます。
わたしも、まだまだモヤイラするけれど…
自分と相手の領域を分けるように意識しています。
「こうあらねば」という考えも避けるようにしています。
自分の思考グセはそう簡単に直らないけれど…
気づけるようになっただけ立派、そして、気づけて修正できるだけ立派、そう思うハピです(^O^)/
最終的には能天気(笑)
応援ポチ★
ハピハピさん
気づけるようになるってめっちゃ成長ですよね!私成長したなぁって自画自賛しております(笑)
色々な思い込みって人生経験豊富になったからこそなんでしょうけど、
その「べき ねば」が増えるのは老化の一種だと聞いて「気を付けよう・・」と思ったことあります!
モヤモヤね、美容に良くないだろうから減らしたい(笑)